三島駅の歴史

昭和9年12月1日、18年の歳月と死者67人、負傷者332人の多数の犠牲者を出して丹那トンネルが開通し、町民待望の三島新駅が開業しました。

三島は北伊豆の玄関口として、賑わいを取り戻したのです。

三島駅

 

昭和44年東海道新幹線三島駅設置により、名実ともに富士箱根伊豆国立公園の玄関口となりました。

また市内の宅地造成は進展し、一番町商店街は活気付き、市内にも大型店舗の進出が目立ってきました。

新幹線

 

 

 

国府津駅の歴史

御殿場線の中ではもっとも古い、明治20年7月の開業。さすがに伝統の駅だけにホームはレトロ調で美しい。駅前広場には、開業百周年を記念して建てられ石碑がある。SLをかたどったレリーフ板には、有名な『鉄道唱歌』の一節が記されている。

国府津機関区扇形機関庫

この機関庫は、サンゴニッチというフランス人 技師の設計によるもの。中世ヨーロッパの古城や教会を連想させる優美な姿だった。

国府津機関区扇形機関庫


国府津機関区転車台

折り返し運転を行う際、蒸気機関車は電車と違 い方向転換する必要があった。この転車台と扇形機関庫は、国府津機関区のシンボル。

国府津機関区転車台

下曽我駅の歴史

開業時の下曽我駅

大正11年5月開業の下曽我駅は、地元の篤志 家・長谷川豊吉の力によるところが大きい。この駅舎は翌年9月の関東大震災で倒壊した。

開業時の下曽我駅


下曽我駅付近の梅林

春まだ浅い頃、他の花に先駆けて咲く梅は、万 葉の昔から多くの人に愛されてきた花木。二月、曽我の里は梅の花にすっかり埋もれる。

下曽我駅付近の梅林

上大井駅の歴史

上大井駅ホーム建設にあたる中学生

近隣の人達が大量に勤労動員され、起工から開業まで3カ月というスピードで竣工。使用した木材も、村の共有林から供出された。

上大井駅ホーム建設にあたる中学生


大井町の花「水仙」

大井町では町の花として、水仙の里づくりに取 り組んでいる。春先には町のいたる所で、可憐な水仙の花を目にすることができる。

 大井町の花「水仙」

相模金子駅の歴史

上大井~相模金子間

右手に金子台丘陵、左に箱根連山や富士山を臨 みながらの旅。足柄平野ののどかな田園風景の中を、小編成の列車は行く。

上大井~相模金子間


相模金子~松田間

相模金子~松田間にある川音川橋梁を渡る上り 列車。川音川は丹沢山塊を源とする清流で、この橋梁から数百m下で酒匂川に合流する。

 相模金子~松田間

松田駅の歴史

松田駅 東海道本線開通時からの駅で、長大なホームも当時のまま残っている。小田急線への乗り継ぎ客が多く、にぎやか。かつてはこの駅から、酒匂川の河原へと分岐する砂利採取用路線もあり、小型SLのC11がいた。跨線橋は沿線最古のものといわれていて、赴きがある。

松田駅ホーム

東海道本線開通時からの駅で、ホームも長大。 跨線橋は沿線最古の物といわれていて、往時を偲ばせる。停車中の列車は「あさぎり号」。

松田駅ホーム


まつだ観光まつり

毎年8月の下旬に開催される県西地域の最後を飾る夏祭り。祭り当日は、伝統的な大名行列、足柄花火大会などが催されます。

まつだ観光まつり

東山北駅の歴史

東山北~山北間を行く気動車

昭和30年9月、国府津~山北間で気動車(ディーゼルカー)の運転が開始され、翌年には沼津までの全線運転となった。

東山北~山北間を行く気動車

山北駅の歴史

山北機関区転車台(大正時代)

山北機関区西の転車台。当時、山北には東西二 つの転車台があった。この汽車は、大正時代に輸入され活躍したマレー式機関車9800形。

山北機関区転車台(大正時代)


山北駅を出るSL

山北駅は東海道本線時代の主要駅。ここで後押 し用の補助蒸気機関車「補機」の連結を行った。駅を出ると、すぐ急勾配が待っている。

山北駅を出るSL


桜のトンネル

駅を出ると、すぐ桜のトンネル。この桜は終戦 後、地元の人達によって植えられたもの。それが見事に育って、桜の名所になった。

桜のトンネル

谷峨駅の歴史

谷峨駅 小さな無人駅だが、すれ違いのできる対向式ホームを備えている。近年改築された駅舎は、山間の駅にふさわしく赤いトンガリ屋根。駅前広場には、駅建設の際に出た大石がある。表面に人面のような模様があり、おめでたい顔をしていることから「福石」と呼ばれている。

谷峨駅ホーム

谷峨駅は昭和22年に開設された。それ以前は信 号所だった。改築前の旧駅舎は、いかにもひなびた山の駅という感じで人気があった。

谷峨駅ホーム


線守稲荷縁起

酒匂川沿いの難所「箱根第二号隧道」は、工期が遅れに遅れた。この工事中、狐の巣穴をそれと知らずに壊してしまった。突貫工事の真っ最中だから、そんなことに気をとめる者も別段いなかったが、異変はその後に起きた。汽車が隧道に入ると、出口の所で真っ赤な旗を振る者がいる。大慌てで停車すると、誰もいない。こういう不思議なことが続いた。そんなある日のこと、停車せず一気に駆け抜けた豪気な機関車がいた。その後には、年を経た狐が無残な姿をさらしていたという。以後、奇怪な出来事はピタリと止んだ。哀れな老狐は、二号隧道の上に手厚く葬られた。これが「線守稲荷」の始まり。鉄道関係者が集まり、今も毎年4月に例祭が行われている。

線守稲荷縁起

駿河小山駅の歴史

駿河小山駅を出るSL

人類が創出した機械のなかで、もっとも生物に近い機械、それが蒸気機関車だという。SLを記録したカラー写真は少なく、貴重品。

駿河小山駅を出るSL


急坂を上るSL

この猛烈な煙がすべてを物語るように、御殿場線は急勾配と急カーブの続く難所の連続であった。

急坂を上るSL

足柄駅の歴史

ローカルな、御殿場線のイメージを象徴するのが足柄駅だ。金時山の麓に位 置し、前後には沿線屈指の車窓風景が展開する。上り下りの列車が、一つのホームに停車する島式ホームのひなびた無人駅である。跨線橋などもちろん無く、線路をまたいでホームから改札へと向かう。このレトロさは沿線の各駅中、ナンバーワンといえそう。駅周辺は宅地化が進んだが、少し歩けば、まだまだ昔ながらの農村風景を目にすることができる。駅前広場には、熊にまたがる金太郎の立派な像もある。

足柄駅

昭和40年頃の写真。昭和22年9月開業の足柄駅 は、戦後の御殿場線のイメージを象徴するような、ローカル色あふれる静かな駅だ。

足柄駅

御殿場駅の歴史

小田急ロマンスカー「あさぎり号」

昭和43年、小田急3000形ロマンスカーが「あさ ぎり号」として御殿場線に乗り入れ。平成3年の引退まで、新宿~御殿場間を連絡した。

小田急ロマンスカー「あさぎり号」


機関士

SLの運行は、機関士と機関助士の二人で行わ れた。トンネル通 過時、運転室には熱気をはらんだ煤煙が舞い込んで大変だったという。

 機関士


夜の御殿場駅

御殿場駅構内で点検を受けるD52。国府津発。 御殿場止まりのこの汽車は、翌朝、始発列車として沼津へと下って行く。

夜の御殿場駅

南御殿場駅の歴史

カマド神社踏切

竈の諏訪神社の境内を、御殿場線が横切ってい る。参道の途中には、申し訳なさそうに小さな踏切がポツンとある。

カマド神社踏切

富士岡駅の歴史

富士岡駅は待避線のある信号所がルーツ。昭和19年の開業にあたり、連続勾配区間に位置する富士岡では、SLの発着は水平な待避線を利用したスイッチバック式で行われることになった。その跡が「富士見台」という公園になっている。

南御殿場~富士岡間を行くSL

沼津発、御殿場へと向かう上り列車。もくもく と煙を吐いて走るこの蒸気機関車はD52。愛称は「デゴニ」。御殿場線最後のSL。

南御殿場~富士岡間を行くSL

岩波駅の歴史

岩波駅ホーム

昭和19年12月開業の岩波駅は、急勾配区間中に あるため、SL運行当時はスイッチバック式のホームが設けられていた。

岩波駅ホーム

裾野駅の歴史

裾野駅を出るSL

東海道本線開通時からの古い駅で、明治22年の 開業当時は「佐野」という駅名だった。駅を出るとすぐ急勾配が待ち構えている。

裾野駅を出るSL


裾野駅ホーム

東海道本線開通時からの古い駅で、明治22年の 開業当時は「佐野」という駅名だった。駅を出るとすぐ急勾配が待ち構えている。

裾野駅ホーム

下土狩駅の歴史

三島駅(現・下土狩駅)開駅三十周年

明治31年6月開業時の駅名は「三島」。下土狩へ の駅名変更は、丹那トンネル開通により路線変更された昭和9年12月に行われた。

三島駅(現・下土狩駅)開駅三十周年


駿豆線乗り換えホーム

トロリーポール式の集電装置を持つ電車が写っ ている。かつての下土狩駅は、中伊豆方面へ連絡する「駿豆鉄道」の始発駅でもあった。

駿豆線乗り換えホーム


下土狩駅構内のSL

沼津方面に向かう下り列車を牽引するSLと、 御殿場方面に向かう上りの気動車をカラー撮影した、昭和40年頃の貴重な写真。

下土狩駅構内のSL

大岡駅の歴史

黄瀬川橋梁

前方に見えるは伊豆の山々。大岡駅近くの橋梁 で黄瀬川を渡る。黄瀬川はこの少し先で狩野川と合流、駿河湾へと注ぐ。

黄瀬川橋梁

沼津駅の歴史

わが国鉄道史上に燦然と輝く大機関区・沼津。昭和の初め、超特急「燕」を動かし、そして整備していたのは、この沼津機関区だった。その栄光の歴史は、C58型蒸気機関車の動輪とともに、駅前広場のモニュメントに深く刻まれている。

沼津機関区扇形機関庫

わが国鉄道史上に燦然と輝く大機関区・沼津。 昭和の初め、超特急「燕」を動かし、そして整備していたのは、ここに働く鉄道員だった。

沼津機関区扇形機関庫


沼津機関区転車台

沼津機関区では先頭を走る「本務機」のほか、 後押し用の「補機」の付け替えも、連日連夜行われた。写真は20m級の大転車台。

沼津機関区転車台